2005/10/15

インドネシア・ジャワ島中部地震災害支援活動

聖マリア病院国際協力部、ISAPH 理事  浦部 大策

はじめに

5月27日早朝、インドネシア・ジャワ島中部海岸より約30Kmを震源地として発生したマグニチュード6.2の地震では、ジョクジャカルタ州バントゥール県を中心に発災後2 日の時点で数千人の死者が報告され、その数倍の負傷者が報告されていた。NPO法人 ISAPH(International Support and Partnership for Health)の設立母体である聖マリア病院は、1990年代中頃、スラバヤ市のストモ病院でJICA(Japan International Cooperation Agency)の救急医療プロジェクトを展開したという過去の関わりもあり、ISAPH を通して医療支援チームを現地に送ることを決定した。同じ頃、海外での災害時の医療支援を主な目的とした医療NPO法人 HuMA(Humanitarian Medical Assistance) は、ジャパンプラットフォームの助成をうけ、インドネシア、ジャカルタのM.H.Thamrin Hospital Healthcare Group と協力してBantul にあるKalimasada 病院をベースにした医療活動を展開すべく、医療チームの派遣を検討していた。そこで、HuMA との合同医療チーム形成を申し入れ、HuMA メンバーと合同で中部ジャワ地震災害地での医療支援活動を行うことになった。

ISAPH から私(浦部)がチームメンバーに加わった他、聖マリア病院から後期研修医(国際コース)の坂西信平医師、仁田原重政看護師(集中治療室)が第一次派遣チームに参加した。

被災地の状況

最も被害のひどい地域であるBantul では70%以上の家屋が崩壊し、5月31日の時点で約6,000人を超える死者が報告されていた。総合病院は大きな被災を免れ震災直後より機能していたが、手術が必要な患者がこれらの大病院に殺到しているために病院の過剰負荷を招き、多くの患者が順番待ちになっていた。

食料は、バナナやパパイヤなど道端に沢山の果物がなっており、また収穫期の後で米の蓄えなども十分にあったようで、被災者が食料に困っているような様子は見受けなかった。野菜などは近隣から被災地に支援物資として届けられていた。時期的に乾季で(時々雨が降ったようだが)雨露の心配はあまりなさそうだった。

被災地では井戸水を使っているところを多くみかけたが、普段から生活用水は殆どが井戸水に頼っていたようである。災害後も井戸水の使用には問題なく、上述のように食料の確保も被災者にとって大きな問題とはならず、更に天候も乾季で屋根さえあれば寝る場所に困らない、という状況であったため、結果として地震によって住民のライフラインは殆ど影響を受けていなかった。このような事情から、被災者も被災からの立ち直りが比較的容易にできたと考えられる。ライフラインとして一番復旧が遅れたのは電気であったようであるが、復旧が少々遅れても被災者の暮らしに影響は小さいように感じた。

我々が被災地に入ったのは発災後7日目であったが、この時点では医療救護所はあちこちに開かれ、地震による外傷患者を含め殆どの被災者が何らかの医療機関にアクセスできていた。我々がモバイル診療活動を通して直接住民から得た情報では、被災者は発災後早期に国内外の何らかの医療施設、巡回医療チームにアクセスできたようであった。しかし、外傷患者の多くが初期治療の後のフォローアップについての指導は受けておらず、その後の経過の如何に関わらず再診の必要性を認識している患者は非常に少なかった。また初期治療がレントゲン確認もなく骨折部にギブスを当てただけの応急処置であるのに、その後の根治的な治療を受けていない人も多かった。世界各国の援助団体が押し寄せてきたため、発災後1 週間目には医療チームの支援は既に過剰状態にある、と言われていたが、我々の活動経験からすれば、地震後1週間たった時点でも被災地での潜在的な医療ニーズは非常に高いと感じられた。

現地での活動

現地での我々のチームの主な業務内容を、以下のように3 つの柱で構成した。

  • Kalimasada 病院支援活動
  • 被災地巡回診療(Mobile Clinic)および近辺生活調査
  • 総合病院での整形外科手術などの技術協力
  • 情報収集

以下、これらの項目に従って活動状況を述べる。

Kalimasada 病院支援活動

Bantul 市内にあるKalimasada 病院は本来、妊産婦および一般内科診療を中心とした病院である。今回我々のチームはKalimasada病院支援活動として、Thamrin病院の医療チームと協力し、外来、入院患者のうち主に外傷患者の治療に従事した。6月3日~9日までにKalimasada病院の外来および入院患者計183名であった。そのうち外傷患者はのべ110名であった。外傷患者の多くは骨折や挫創で、受傷後無治療のまま放置、或いは初期治療を受けた後のフォローアップを受けていないなどの理由により、創部感染を起こし症状が悪化している患者が多かった。

被災地巡回診療(Mobile Clinic)および近辺生活調査

Thamrin病院からの医療チームと共に6月5日~9日までBantulおよび近郊の被災地への巡回診療(Mobileclinic)を行った。巡回診療で診察した患者数は計291名(内科244名、外傷47名)であった。日本人チームは主に外傷患者の診療を行った。

総合病院での整形外科手術などの技術協力

我々のチーム・メンバーのうち、整形外科医2名、看護師1名がSardjito病院とBethesda病院に出向し、各1症例ずつ手術(脛骨開放骨折に対しデブリードメントと創外固定)を行うとともに、同病院の整形外科医に創外固定システムの施行方法を伝授し、残りの創外固定セットを合計11セット寄付することにより、その後の治療を託す形をとった。

UN ーティング

UNミーティングでは、しばしば破傷風患者の問題が取り上げられた。発災後10 日目には破傷風の患者が確認され、それから数日内に死者も出ていた。現地では外傷後の破傷風に対する対策が不十分で、血清(グロブリン製剤)不足に加え、コールドチェーンの問題、医療スタッフの数不足、及び破傷風に対する知識不足などが、問題に挙げられていた。

今後の災害地医療支援活動への提言

  • 前回のパキスタン地震支援の時にも感じたことであるが、被災地の緊急支援活動として多くの医療GO、NGOは初期医療のみを行って現地を引き上げる傾向がある。しかし被災地では、外傷のその後の経過に問題を持つ患者が非常に多い。最初の治療を終了したら治療自体が終了したと理解している患者が多いし、初期治療の後どうしたら良いのか理解していない人が多い。今回我々は、Mobile clinicでこのような患者を発掘し、治療ルートに乗せる作業を行った。被災地での医療活動では、テント診療所による一次医療の展開だけでなく、このように地域に埋もれている根治治療の終了していない外傷患者を見つけ出し治療を完了させるような活動も被災者支援活動として大きな意味があると思われた。NGO としては、このような現地のニーズが何処にあるかを理解し、臨機応変に行動を展開することが重要ではないかと考える。
  • 今回我々は、ジャカルタのMH Thamrin病院チームと一緒にKalimasada病院を拠点とした医療活動、被災地への巡回診療を行うことにより、被災地の医療支援に比較的スムーズに入り込むことができた。現地組織と組むことは非常に効率的であり現地で被災者が直面している問題を正確に把握することが可能になる。災害の多い地域に対しては、普段からキーになる組織との関係を作っておき、災害時はその組織と連携して活動できるような関係を確立しておけば、災害発生時の医療支援活動も迅速で有意義なものになってくるのではないかと感じる。
  • 被災地での医療支援のあり方としては、現地の大~中規模医療施設との連携による患者の治療だけでなく、地域のヘルスセンターレベルの医療機関と連携を強化しながら被災者の感染対策に絞った活動および保健調査を行っていくような活動内容も想定できる。ヘルスセンターレベルの医療機関との連携もNGOの災害地医療支援活動の一手法として検討していくべきと思われる。

謝辞

今回、インドネシア・ジャワ島地震において、我々の活動に多大なご支援を頂きましたISAPH、聖マリア病院、HuMA の関係者の方々にお礼申し上げます。